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000616 JA09AW Dep. Takikawa 07:20−10:18 Arr. RJSA 2h58m
本当は機体を滝川に置いておきかたかった。関宿なんかに持ち帰ると、この梅雨でいつ何時江戸川が増水し、機体を引き上げに出かけなければならないか、分かったものじゃない。冠水すれば、いつものようにその後の数週間は滑走路が使えない。予定が立たなくなるのだ。

でも、例の柏の書店の若旦那が「だいたいね、グライダーなんかに籠もってちゃ、ダメだよ。広く仕事しなきゃ」と『ChibaWalker』の編集部を紹介してくれたことから始まった空撮が、機体がなければ出来やしない。東京に一人旅で戻ることにする。

12日に女満別から、天売島・焼尻島経由で滝川に飛んできた。13日朝はローカルで、しかし4時間近く飛んで、午後にエアラインで千歳から東京に戻り、来年のカレンダーの色校などやって、15日滝川に舞い戻ってSATAのCuロッジに泊まり、という雨と仕事をぬったスケジュール。


北海道がよくても、関東の梅雨の中休みはなかなか望めない。天気の傾向は、この日しかないと予報されている。

13日の朝、暑寒別岳の雨竜沼湿原へ飛んでいったとき、とても残念だったことがある。山頂部にウェーブ性の雲があって湿原に光が降り注いでくれなかったことだ。雲近く、やや薄暗いが、蛇行する細い水流の両脇に、白い点々が多数群がっているのが分かったのだ。

これは花だ。ミズバショウか何か。花を空撮するなんて、なかなかチャンスはない。花など、そのピークを撮れるのは数日のうちでしかない。再撮に行こうと思いながら、果たせなかった。一人では、この気流の荒れた山頂部を低空で操縦しながら空撮する、などという芸当はできはしない。

暑寒別岳の残雪が光っているのを悔しい思いで見ながら、早朝の機体準備をした。4時頃までは雨だった。ここに至ってどうやら晴れてきたのは、それだけでラッキーと言わねばならない。


エンルート、撮りたいものは、恵庭岳、洞爺湖と有珠山、そのまま南西に飛んで、八雲から北海道の尾鰭部分、渡島半島を横切って、江差、上ノ国、松前の風景。この辺りは、歴史的にとても興味ある風景だ。

雨竜沼湿原


丹鳴山

恵庭岳、支笏湖


洞爺湖、有珠山
江差は、近世から近代にかけて、北海道の海産物を日本の台所、大阪へ北前船で運び出す拠点だった。その時代「江差の五月は江戸にもない」という繁栄を見せた天然の良港。防波堤の役割をした鴎島が港の入り口に横たわっている(今は地続き)からだ。

上ノ国は、北海道への仏教の上陸地ではなかったか。松前は、幕府の蝦夷地経営の最前線。1854年に北方警備の強化を目指して築かれた福山城もある。米を産出出来なかった北海道では、漁民が百姓と呼ばれ、鰊(にしん)や昆布が年貢として上納された。

鰊を鯡とも書くのは、魚にあらず、米扱いである、ということの名残だという。また、松前藩は、家臣への知行としてアイヌとの交易権を認め、その収益を俸禄にかえたともいわれる。こうした場所を上空から見れば、今も残る「なるほど」といった光景があるはずだ。

目的地はとりあえず青森とした。行きがけにここで給油したが、まだ月は替わっておらず、再度給油しても貴重な「免税用紙」を新たに使うことがないからだ。日本のジェネアビには面倒な手続きが多く、ひょんなことから目的地が決定されることもしばしばだ。

滝川を離陸してすぐ、雲低く行けるのかいなと緊張した。トップ2,000ft程度のやつは上を行けばいいが、サッポロを過ぎた先、恵庭岳、支笏湖、留寿都村、といった山岳地を遠望すると、山と雲が接しているようで低層を行ける気配がない。

しかし、気温は上昇しつつあるから、地霧性のは消し飛んで、案外抜けられるかもしれない、ともかく山岳地に接近してそこでルートを再考すればよい、と真っ直ぐに飛んだ。

賭けてよかった。晴れたのだ。

恵庭岳の山頂から支笏湖、樽前山を見通す。オコタンベ湖も美しい。これはその脇を道路が走っているが、丹鳴山と小魚山の稜線近くにも、誰も知らないような小さな水面が見えた。周囲の森が新緑で美しい。

遠くに二筋の煙が上がっている。有珠山の新山だ。この災害地の周囲5nmは立ち入り制限空域となっている。空域の調整をする伊達Groundという専用周波数も設定されている。123.45MHz。航大の周波数だが、陸上自衛隊が運用しているのだろうか。

これを呼んで、洞爺湖・中島の北東5nmから豊浦方面へ、HDG240で飛びたいが、問題はないかと尋ねた。ぐるぐる被災地の上空をまわることははばかられるし、2次災害も怖い。

空中に漂う火山灰の中を飛ぶと、エンジンのキャブレターが詰まった場合にどうなるか。

昔、トカラ列島諏訪之瀬島に出かけたとき、ここにはヤマハが作った滑走路があるのだが、これが1,000m級火山の御岳の火口から3kmしか離れていない。ダウンウィンドの空の色が何やらグレイだね、こんなとこに逆転層ができるのかしらん、と珍しがっていたら、それはまぎれもなく火山灰であることにハタと気が付いて、慌ててカットオフ・ランディングをしたことがある。

ここでも、遠巻きでよい。洞爺湖の真ん中にある島の北側を通過していくことにした。

写真を撮りながら通過していくと、伊達Groundが呼んできた。

「JA09AW、伊達Ground、え〜、間もなく航空自衛隊のF-15とT-4がこの空域に進入します。2,500ftまで降下してきますので、注意してください」

写真撮影か火山灰の集塵か、T-4のミッションを、強力なレーダーをもつF-15が上空で見張る、といったことだろう。陸上自衛隊のヘリも結構飛んでいるようだ。

「09AWは現在、中島の西3nm、高度2,000、HDG240を維持して海上に向かいます」

じたばたしないで周囲のルックアラウンドを心がけ、こちらの状況を伝えて真っ直ぐ行くしかない。豊浦町の先、数マイルの噴火湾上に出た頃、「航空自衛隊のミッションは終了しました。現場に戻られますか」と聞いてきた。

ねちっこく撮りたいが、それには機体の対策さえも考えなければならない。今日はワンパスのまま立ち去ろう。なにせ、この先、いくつもの撮影用の寄り道が待っている。しかも、この日のうちに大利根まで飛ばねばならないのだ。

「ネガティブです。このまま八雲・江差方面に直線飛行します。ありがとうございました」

洞爺湖の風景は、湖面に噴煙が映るほど、風もなく、とても静かな美しいものだった。そこに自然の不気味さも隠されている、と予感できるような絵だったかどうか。
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