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大利根離陸は15:29であった。
夏場のロングレンジのフライトの鉄則は、午後は飛ばない、ということだ。特に山岳地は止めた方がいい。積乱雲の発生と、その過剰な発達による激しい夕立。
と言いつつ、エンルート3時間半となれば、まさにその時間帯を飛ぶのだし、日没前に秋田到着が可能かも怪しい。
案の定、空気はメチャクチャ湿っていて、視程が悪かった。ちょっと高度をとっただけで、とても撮影出来ない日ということが分かったし、気流擾乱の名所、那須岳周辺には大きな雲があった。
逆光に薄ぼんやり光る湖面、河川、あるいは家並みの瓦なら、光の条件の悪いことを逆手にとって、雰囲気のある絵が撮れるかもしれない、と思いつつ眼下を見るが、視程の悪さに手が出せない感じだった。

磐梯、喜多方を経由し、山形市内へ入る頃、機体に不具合が出た。ひどく左に取られるのだ。左翼を見ると、エルロンのギャップをシールをしているテッサ・テープの前縁が浮き上がり、テープそのものがスポイラになっている。屋外係留の機体ゆえ、最近の暑さと、降雨や湿度によって、テープの粘着力が弱まった結果だった。立ち上がったテープは、次第にその範囲を広げ、ついには片側が外れ、翼端からなびくようになった。
「街の上に落下したらマズイで、これは。物件投下になっちゃうもんなぁ」
でも、縦になって抵抗値が減ったせいか、とりあえずなびくだけで済んでいる。

イザベラ・バードは『日本奥地紀行』に書いている。
__山形は県都で、人口21,000の繁昌している町である。少し高まったところにしっかり位置しており、大通りの奥の正面に堂々と県庁があるので、日本の都会には珍しく重量感がある。どの都会も町はずれはとても貧弱だが、新しい県庁の高くて白い建物が低い灰色の家並みの上に聳えて見えるのは、大きな驚きを与える。__
この県都に県庁をはじめ師範学校、警察、製糸場など近代化の施設が数年で出来たのは、初代県令三島通庸によるものであった。
特に県庁は、建設予定地内の民家40戸(70戸説も)を撤去させるもので、雪の中、病人・産婦らの哀願も許さず、火をつけると脅し強引に撤去させたため、一家退転・発狂者も出たとさえいわれる。また、市民から集めた1万円の建築費献金も、不当勾留や脅しを伴うものであったという。

翼端のテープ


旧山形県庁


方形輪郭式陣屋町の長瀞集落


鳥海山


金打坊
三島はその後、福島県令、栃木県令を歴任の後、警視総監となり、自由民権運動を弾圧したことでも知られている。

バードが見た県庁舎は明治44年の山形大火で焼失し、現在残されたものは大正5年に再建されたもので、師範学校などとともに国の重文になっている。これは強権と公共事業の原点なのだろうか。暮れなずむ光の中で、旧県庁は街の中に浮島のように見えた。

山形駅は山形空港のRWY19延長線上の10nmにあるレーポーティング・ポイントだが、次のターゲットである城館集落の高擶(たかだま)となると、さらに空港に寄って9kmしか離れていない。情報圏に入るわけで、山形RDOにコンタクトし、旋回して写真撮影をすることを伝えた。間もなくJ-Airのアライバルがあるとのことで、撮影条件も悪く上空旋回を1回にとどめた。

エルロン・シール・テープはぴらぴらなびいている。いつ落ちるのだろうか。眼下には奥羽本線や羽州街道に沿った町並みが続いている。ひらひらとゆっくり落ちるにせよ、国道を走る車の前面に落としたらヤバイなぁ。山形空港に事情を説明して着陸させてもらい、エプロンでむしり取るか?

でも、1回降りると、30分は出てこれまい。秋田のウェザーが保証されていればいいが、日没を過ぎてシーリング1,000ftの雲、なんてことになったら、降りられないかもしれない。夜、雲の隙間を探すなんて、至難の業だ。で、今日の月齢は? 2日が満月だったから、まだ十分丸みがある明るい月のはずだ。でも、降りる頃、月は出ているのか? 上層に暑い雲はないのか?まぁ、いろいろ考える。せめて田圃の上を飛ぼうと心がけた。

山形のRWY01の延長線上2nmにある方形輪郭式陣屋町の長瀞集落や、『奥の細道』にもある最上川の宿場大石田、山形盆地のすべての河川を集める金打坊などを遠目に見て、出羽山地や笹森丘陵を突っ切り、一直線に秋田を目指すことにした。
途中、鳥海山の山頂に沈む太陽を見た。

本庄市街の東にある山中の上空4,500ftから降下を開始した。GPSは目的地秋田空港まで残17nm(30km)ほどを示している。

秋田RDOをモニターすると、そのコールサインから秋田救難隊のV107やU-125がナイトの訓練に離陸する様子が分かった。だが、行く手は不穏だった。この先、視程が最悪な上、結構雲が多そうなのだ。空港はSCTの1,000とか言っているが・・・・。そしてそのうち日本海に太陽が没した。
残4nm。ちっとも空港を視認できないし、周囲はこれがSCTか?という雲ばかりだ。見えるものは、雲と眼下だけ。すると雄物川が直下にあった。ここで降りないと、どこで降りる。雲の隙間からフルダイブして雲の底の下に出た。そこが南側ダウンウィンドだった。
翼端からシール・テープをひらひらさせて、タッチダウンした。

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